ひかりとかぜのとおりみち

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暗号

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貸してもらったライカ。
レンズは現行型のズマリット35mm F2.5と、かなり古いズマリット50mm F1.5の2本立てです。
同じ「ズマリット」という名前がついていますけど、これと言った共通点はなさそうな・・・。
新しいレンズは、すっきり綺麗に写ります。きちんとシャープで、きちんと鮮やか。
古い方は全体にポヤ〜ッと柔らかい感じで、雰囲気は良いですが、ピントを合わせるにもひと苦労。合わせたつもりがモニタで確認すると合っていない・・・というか「合っているのか合っていないのかさえ判別できない」こと多数(特に開放では)。僕の視力では追い込み切れません。レンジファインダーに慣れていないというのもあるけど。
昨日アップした写真は、すべて新しい方のレンズで。今日のは古い方。
本来の主の樋口くんは、NEX7にも古いズマロン35mmを付けて使っているように、そういう楽しみ方も出来るのがライカ・ワールドの(非常に怖い)面白さですね。

それはそうと、昨日、ライカの件をアップしたら、フェイスブックの方で
「こうなったら、ぜひ買いましょう!」
というコメントが相次いで寄せられて、ライカ様の凄さにあらためて感じ入りました。
ライカ様、高いですよー。
カミさんにその話をチラッとしたところ、急に真顔になって、
「もちろん買わないよね?」
と念を押されました(笑)

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しかし「ズマリット」とか「ズマロン」とか、分かる人には一発ですが、そうでない大多数の人にとっては「ほとんど暗号」ですね・・・。
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by on-dori | 2013-12-30 16:34

ライカ様

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我が家にライカ様がやって来ました。

ライカ様で写真を撮るの、生まれて初めてです。
ライカ様、ひんやりしていて重たいです。
ライカ様、ピントを合わせるのが難しいです。
ライカ様、フレーミングも難しいです。
ライカ様、シャッターを切ると「ジジジィーッ」というセルフタイマーみたいな音がします。
ライカ様で撮るときは迷わず「マニュアル露出」を選びます。いつもは「絞り優先オート」なのに。
ライカ様、なぜか頻繁にクロスで磨いてしまいます。
ライカ様、レンズキャップを外し忘れたまま何度もシャッターを切ってしまってゴメンナサイ。

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北海道の飯塚さんがライカM8を使い始めたのをブログで見て、
「ふむふむ、そう来たか」
と興味津々で見ていたら、僕の手元にもM8が。友人の樋口くんが貸してくれたのですヨ。
彼は最近、生まれたばかりの赤ちゃんを撮るという口実の元、ソニーNEX7を買ったものだから、M8の出番がなかったのです。
「江口さん、使いますか?」
と訊かれたので、二つ返事で。ありがとう、樋口くん。

ライカ、想像していたよりもずっと「イイ奴」です。意味もなく写真を撮りたい気分を盛り上げてくれます。

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by on-dori | 2013-12-29 17:35 | M8 + SUMMARIT 35mm

メリークリスマス

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一昨日、昨日と続けて、若い友人と忘年会。二夜連続の漢二人呑み(笑)
新たに家庭を持ったり、赤ちゃんが生まれたりと、それぞれ人生の節目を迎えた、大切な一年だったようです。
いま感じている希望と不安の両方を糧に、未来に向かって力強く歩んで行って欲しいと思います。

メリークリスマス!
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by on-dori | 2013-12-24 20:31 | iPod touch

寒い寒い一日

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みぞれ混じりの雨が降る、寒い寒い一日。
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by on-dori | 2013-12-22 16:46 | DP2 Merrill

師走の仙台

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今日は師走で賑わう仙台へ。

まずはカロス・ギャラリーで開催中の「カケガエのないモノ」展。
出展者の江原和志さん、澤和孝さん、松江篤志さん、3名の個性が壁面を飾っています。
同時に、カロス・ギャラリーの展示らしい、丁寧で繊細な表現の統一感が感じられました。
見ていて気持ちのよい展示、だと思います。
静かな語り口故に、ちょっと食い足りないかな、と感じる面もあるかもしれません。
http://kalos-gallery.com/exhibition/kakegae.html


* * *


もう一つ、東北電力グリーンプラザ内ギャラリーで開催中の「宮城県7高校写真部+ハービー・山口/チャリティーカレンダー写真展」。
このプロジェクトで製作されたカレンダーの売り上げは、震災孤児の進学支援を行っている公益財団法人みちのく未来基金に寄付されるとのことです。
高校生の写真、いいですヨ。
http://www.daishinsha.co.jp/charity/about.html

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by on-dori | 2013-12-21 22:36 | iPod touch

認識と揺らぎ

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今年もさまざまな形で写真の展示を行いました。来年も続きます。
いま、自分が写真を通して何を現そうとしているかを考えてみると、それは「認識することへの問いかけ」なのだと思っています。ちょっと小難しい言い方になってしまいましたが。

「音のない言葉」は「なぞなぞ」の集合体です。
見た人は「一体何を撮ったのだろう?」と考え、来場者同士で語り合い、作者やギャラリストに質問し、最後に「自分にはこう見える」という答えを出します。ある意味ではロールシャッハ・テストのような写真展だとも言えます。実際、銀座での展示では、来場者の方々と会話を交わす中で、その方の持つ写真観やものの見方が明瞭に伝わってきた感触がありました。
もちろん、敢えて喋り言葉や書き言葉にしなくても構わないのです。作者としては、見た人の心の中に浮かんだ言葉にならない感情や感覚を、そっくりそのまま受け止めてもらうのが一番だと思っています。それこそが「音のない言葉」というタイトルが持つ真の意味なのですから。
二度目となる「音のない言葉」展は、来年2月後半、福島市内の「珈琲楓舎」にて開催予定です。

「そのときの光」は、僕にとってエポックとなった作品展でした。
展示した写真は、自分でも驚くくらい普通の写真ばかりでした。一枚の写真として見たときにインパクトの強いものが見当たらず、DMにどの写真を使ったらよいか最後まで迷ったほどです。
ですが、会場全体を一つの作品として捉えたときに、極めて強い求心力と輝きを発してくれました。
一つには、容れ物であり被写体となった木造校舎の力が大きかった。
さらに「撮影した写真のプリントを、撮影したその場に展示する」という、どこか人を喰ったようなコンセプトが、事前に想定していた以上に「写真を撮る/見る」ことの本質を浮き立たせてくれたように思います。
特に興味深く感じたのは、来場者の皆さんが、僕が作品を撮影したその場で、撮影された写真が展示してあるその光景を、自分のカメラで写真に収める行為をしているのを見たとき、です。何やら回りくどい表現になってしまいましたが、この合わせ鏡が作り出す入れ子のような情景に、作者は軽い目眩を覚えました。
「そのときの光」展が何を表現しようとしていたかは(以前にもご紹介しましたが)Mark Yuさんがブログで的確にまとめてくださっていますので、是非ご一読ください。
http://blog.taipeimonochrome.com/archives/1836

さて、来年1月から始まる公募企画展「Sha-gaku vol.7」です。
出展作品である「a picture」は、スーパーリアリズム絵画を意識して制作した一枚です。
会場でプリントを見る方の多くは、恐らく「絵みたいな写真だ」と感じるのではないかと思います(今回に限らず、僕の写真は「絵のようだ」と評されることが多いのですが)。
でも、スーパーリアリズム絵画って「まるで写真みたいだ」という感想を漏らす人が多くないですか?
つまり、今回の作品は「『写真みたいな絵』みたいな写真」なのです。それって意味を縮めてしまうと「写真みたいな写真」ということになりますね。
あれれ、最初は「絵みたいな写真」だと感じていたはずなのに・・・。
この写真(?)の前では、「絵とは」「写真とは」という意味と視点とが裏返り、揺らいでいます。いや、本当は、世界のどこにあっても意味と視点は裏返り、揺らぎ続けているのですが。
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by on-dori | 2013-12-20 22:51 | DP2 Merrill

井戸

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この前、東京・青山の根津美術館に行って来た。
庭が綺麗だった。随分と広くて凝ったお庭で、夕暮れ近くになってから行ったものだから、迷路のような細い道をあちこち歩き回っているうちに、すっかり身体が冷えてしまった。
その後、開催中だった井戸茶碗の展示会を見た。確か高校生のときだったと思うけれど、国語の教科書に小林秀雄の「真贋」という文章が載っていて、そこに書かれていた「喜左衛門井戸」の挿話が妙に頭にこびりついて離れず、結局、20年以上経ってから実物を見に行ったのだ。

率直な感想を書くと、井戸茶碗の世界は僕には難しくて、とても手に負えないと思った。国宝・重要文化財を含め70点もの井戸茶碗が並んだ展示は壮観だったし、凄いものを見たという気がするにはするのだが、どこが凄いのか、上手く言葉にできない。それでも、
「これはなかなかよいなあ」
と思いながら眺めていると、隣に並んだカップルが同じものを指さして
「これ、いいよ」
と言ったりするのだから、どこかに必ず「良さ」の共通項のようなものはあるのだと思う。
「井戸茶碗は難しかった」という話を、福島に帰ってから「風花画廊」の主で陶芸家の後藤五木さんに伝えたところ、
「実際に使ってみたら、また違った感覚があるかもしれませんよ」
との返答をもらった。
なるほど、それはそうだ、と合点する。小林秀雄も、美の日常性を奪回したければ「美と実際に交際してみる喜怒哀楽によるほかはない」と書いているではないか。
とは言え、僕がこの先、青山で目にした井戸茶碗の一つでも実際に手に取って茶を点てたり、あるいはまかり間違って所有したりなどという事態は微塵も考えつかない。ただ、こうして美術館に並べられ、千数百円を支払った観客の前でミイラのように展示される数世紀前には、確実に人の温かな手で、実用の道具として使われていたのだということを(かろうじて、かもしれないが)、しばし想像する。

お目当ての「喜左衛門井戸」はガラスケースの真ん中に鎮座して、四方から鑑賞できる状態で展示されていた。
困ったことに他のどの井戸茶碗よりも見窄らしく見えた。周囲の人たちも皆、どことなく困惑した表情を浮かべている。
「これが本当に国宝なの?」
と言いたげにすら見える。
「喜左衛門井戸」は、全体に歪んだ、アンバランスな形をしていて、肌も荒い。粗雑、という印象さえ覚えた。
俺の感覚が鈍いのか、と思ってもう一度、睨むように見入る。茶碗は素っ気ない表情で澄ましている。世の中のあらゆる出来事に無関心な人のようでもある。
コイツ、叩き割ってやったらどうか、と思う。すると、過去、どれだけの数の人が同じことを考えただろうか、という思いが浮かんできて、おかしくなる。茶碗は在らぬ方角を見ている。そんな存在感がある。
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by on-dori | 2013-12-16 22:04 | DP2 Merrill

焚き火

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しばらく前、好きな小説家である絲山秋子さんのブログを読んでいたら、志賀直哉の小説をあらためて読みなおしてひどく感じ入ったことが書かれていて、そのことがずっと気になっていた。
「自分はそこそこ短編なんか書けてるんじゃないかと思ってたけれど、まだ全然だめだ。目が覚めた。「志賀直哉の列」の一番後ろにおとなしく並ぼうと思った。」
とまで書かれていた。
先日、書店でそのことを思い出し、新潮文庫の「小僧の神様/城の崎にて」を見つけて買った。
読み始めると、止まらない。志賀直哉の小説を読むのは、恥ずかしながらこの歳になって初めてだ。こんなにもシャープで、しかも普遍的な新鮮さが書かれているとは思ってもみなかった。
まだ全部は読んでいないけれど、「焚火(たきび)」という短篇が気になった。
線の細い美しさがあって、その美しさと絡み合うように、常にどこか不穏な感じが漂っている。登場人物たちがほんのわずかでも出処進退を誤ったら何もかも崩れ去ってしまいそうな、そんな弛緩と緊張に包まれている。そういう気がする。
村上春樹氏の短篇集「神の子どもたちはみな踊る」に「アイロンのある風景」という小説があって(すごく好きな小説だ)、その小説も焚き火が重要なモチーフになっているのだが、モチーフ自体もそうだけれど、作者と作品の間の距離感に、何とはなしに似通ったものを感じた。

志賀直哉の文庫を手に取ったら、平積みに川端康成の「掌の小説」が置いてあって、思わずこちらにも手が伸びて買って帰った。POPが立てられていて、どうやら売れているらしい。ふうむ。そうなんだ。
「掌の小説」は十代の頃に一度買いそうになって、結局買わなかった。週末、適当にページを開いて拾い読みしてみたが、一番最初に思ったのは、たとえその年頃に読んだとしても自分には何一つ理解できなかったろうということだった。
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by on-dori | 2013-12-16 20:59 | iPod touch

冬の午後

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福島市内も、雪。

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今日は「珈琲楓舎からのおくりもの」展に行って来ました。
お菓子や珈琲、それにアート。
「珈琲楓舎」セレクトの品々が賑やかに取り揃えられています。
23日(月・祝)まで開催中(会期中無休)です。

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知り合いの方や、初めてお会いして知り合いになった方と、
楽しくお話させていただきました。
来年2月下旬の個展の件も打ち合わせ。
外は冷え込んでいますが、人の心はホットです。

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by on-dori | 2013-12-15 16:20 | DP2 Merrill

会津漆器で珈琲を

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こんにちは。
「ふくしまデスティネーションキャンペーン『非公式』フォトグラファー」の江口です^^

今日は会津漆器のご紹介です。
少し前になりますが、福島市松川町の「おおつき庵」(おおつき画廊)で開催されていた「会津漆器職人の会展」に行って来ました(以前に工房を訪問させていただき、お茶碗を作っていただいた木地師の石原晋さんからのご案内)。

会津漆器は安土桃山時代、蒲生氏郷の治世に遡る歴史ある工芸品です。
また、漆を使った技法そのものは、日本列島を始めとした東アジアにおいて極めて古くから活用され、縄文時代の遺跡からも発掘されているようです。

「会津漆器職人の会展」は平成8年に第1回が開かれて以降、今年で18回目とのこと。今回、9名の塗り師・蒔絵師・木地師の皆さんの作品が展示販売されていました。
上の写真は、会場で購入した木地師の荒井勝祐さん作の「そば猪口」です。
素材は桑の木。このように木目がはっきり見えるのは「拭漆」と呼ばれる技法だそうです。僕はこの技法の漆器が好みです。それとどうやら、木地師の方が作る器に興味を惹かれるようです。荒井さんのこの器は、力強い木目と、掌に寄り添うようなウネウネとした削りが気に入りました。
本来「そば猪口」ではあるのですが、我が家では珈琲カップとして使わせてもらうことに。ガラスや陶磁器に比べ熱伝導性が低いところも、この用途に向いているのではないかと思います。
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by on-dori | 2013-12-14 12:34 | DP2 Merrill