ひかりとかぜのとおりみち

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繋がってゆく

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北海道の東川町文化ギャラリーでは、明日から6月16日(日)まで、三つの写真展が同時開催されます(東川町文化ギャラリーは広いので、それくらいのイベントが余裕で開催できます)。
http://www.photo-town.jp/gallery/index.html
そのうちの二つは、よく存じ上げている写真家(中西さんと畠山さん)の写真展です。何だか、面白い。

中西敏貴 写真展「HIKARINOIRO +」
佐藤志保・畠山雄豪・人見将 写真展「念力、滲透、輪郭」


リンク先は、まだ5月のイベントのままだけど、近いうちに更新されるでしょう。
旭川市の隣にある東川町は、毎年夏のフォトフェスティバルや「写真甲子園」など、写真によるまちおこしに長年取り組み続けている自治体です。

* * *


さて。
ほかの写真家の皆さんの活動を横目で睨みつつ、僕はしばらくは地味な展開で行くつもりだったのですが、そうも言っていられなくなりました。
6月は仙台のカロス・ギャラリーで「Sha-gaku vol.6」。こちらは予定どおり。
そして、7月、新たな場所で新たな展示。よっしゃ、頑張るゼ。
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by on-dori | 2013-05-31 20:15 | E-M5 + M.ZD17mm f1.8

作家二人

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漆芸作家の木内啓樹さんが、福島市内の百貨店で個展開催中です。

「木彫・漆」展
2013年5月30日(木)から6月4日(火)まで(最終日は午後4時閉場)
中合福島店 一番館 7階工芸サロン


木内さんの作品には、自由の風が吹いています。一つ一つの作品に物語が秘められたような存在感があります。
今日、昼休みに顔を出したら、「風花画廊/一木窯」の後藤五木さんがいらしていました(眼鏡を掛けているのが後藤さん)。お二人を携帯のカメラで撮ったのですが・・・ピントが中抜けしてます。素人並みだ・・・orz

週末、ぜひお運びください・・・と書きたいのは山々なのですが、実は明日と明後日、福島市内で「東北六魂祭」が開催されます。物凄い数の人がやって来るみたいで、そういうのに慣れていない福島市民は皆、戦々恐々です(笑)
いや、ホント、大丈夫なのかなー。昼飯食べるところとか、キャパが(かなり)限られてるんだけど・・・。
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by on-dori | 2013-05-31 19:39 | W63CA

自画像

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自画像・・・は、ついついスカした感じで撮ってしまいます。ヤな奴だ(笑)

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by on-dori | 2013-05-24 22:49 | E-M5 + M.ZD17mm f1.8

ここ数日

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余りに暑くて、まるで夏みたい。
なので、登場するタイミングを失いそうなストックを、急いでアップ。

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by on-dori | 2013-05-22 20:16 | E-M5 + M.ZD12-50mm

窓越しの風景

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緑の庭に、雨が降る。

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by on-dori | 2013-05-20 22:10 | E-M5 + M.ZD17mm f1.8

鏡としての物語

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「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

面白い小説だと思います。
読売新聞の書評には「多層的で、評価の難しい小説」とありましたが、僕もそう思います。さまざまな角度からの、あるいは、さまざまな深度での読み方を許容する、(見かけは単純で口当たりもよいけれど、本性は)とても複雑で企みに満ちた小説です。
恋人の本当の性格を知りたいと思う女性の方、ぜひ、相手の男性にこの本を薦め、感想を聞いてみてはどうでしょうか。村上春樹の小説には、基本的に、女性よりも男性の方が強く反応します。男性性の本質を抉るような仕立てになっていますので。
つまり、この小説そのものが、読み手の精神を映す大きな鏡になっているのです。異例のベストセラーになったために、大勢の人があちこちで感想を書き、中には言いがかりや罵詈雑言に近いものさえありますが、この小説に対してどのような反応を示すかということが、その人の心の姿や位置を正確に指し示す指標になってしまう、ちょっと恐ろしい小説です。作者は、そのことを十二分に理解した上で、遠くから、世の中の騒ぎようを静かに見つめているのだと思います。

この小説を読んで僕がもっとも驚いたのは、ほとんど異常と呼んでもよいほど徹底したリアリズムに貫かれている、そのことです。
ここで言う「リアリズム」とは、客観的な視点で物事のディテールを細部まで再現する、という意味ではありません。それは、本当の意味でのリアリズムではありません。
なぜなら、私たち人間の感受性は決して、そのような形ではこの世界を捉えていないのですから。
過去・現在・未来を同時に重ね合わすように想起し、そこにないはずのものを心の目で見、反対にそこに間違いなく存在するはずの声に耳を塞ぎ、原因と結果を好んで混乱させ、論理のレールに従っているかに見えながら実際には不断の脱線を繰り返す、それが、我々人間の逃れられない「リアル」です(嗚呼、悲しいかな!)。
通常の(凡百レベルの作家が書く)小説は、そのリアルを敢えて無視し(あるいは気づくことすらなく)、使い古された(偽の)リアリズムでストーリーを紡ぎます。AからBへと進み、Cの結果がDとなる。それだけ、です。
ですが、今回、村上春樹はこの小説で、人間が混濁し、現実及び現実と思われるものに足をすくわれてのたうつさまを、ありのままに、そして奇妙なくらい清明なタッチで描き出しています。その、リビングに飾られた水彩画風の展開と描写に目を奪われて、最後までするすると何の苦もなく読み進めることも可能ですが・・・。
「それはそれで構わないよ。だって、そういうふうに書いたんだもの」と嘯く作者の声が紙の向こう側から聞こえてくる気がします。

同性愛、精神に問題を抱えた美少女、ピアノ、死、謎めいた中年男性の独白といった、これまでの村上春樹作品でお馴染みのモチーフが、この小説でも弾き慣れた指遣いで変奏されます。そうした既視感をこの作品の瑕疵だと指摘することも、もちろんできなくはないでしょう。
また、謎が謎のまま解決されないことに欲求不満を覚える読者も少なくないかもしれません。
けれども、「謎が解決され、気分がすっきりと晴れる」などという幸福な出来事が、現実の世界において、本当に起き得るでしょうか。あなたは、そうしたことを一度でも経験したことがありますか?
僕は、この小説をとても怖いと思ったので、なるべく夜中には読まないよう気をつけました。夜というのは、人間にとってのリアルが、よりリアルな顔をして一人ひとりに襲い掛かってくる時間です。昼間、他人に対しては仮面を被ることができても、自分自身に対してはそれが不可能な人の心の不可逆性を、身を以て知るための時間でもあります。
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by on-dori | 2013-05-18 13:31 | E-M5 + M.ZD17mm f1.8

徒然に思うこと(森に事寄せて)

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町田は初めて訪れた街でしたが、明るく綺麗なところでした。
5月の澄んだ光と風が、そう思わせてくれたのかもしれません。
市立国際版画美術館は、広葉樹の生い茂る公園を谷筋へと、木漏れ日を楽しみながら降りていった先にありました。派手さはありませんが、静かで落ち着いた、居心地のよい美術館だと思います。

ほかの国のことはよく知りませんが、日本では、都会にも、樹々がこんもりと茂った、ちょっとした森を思わせる場所があります。東京では、皇居を筆頭に、上野公園とか、明治神宮とか。
田舎に行けば、それこそ「森だらけ」です。
今の季節、ぜひ東北新幹線に乗ってみてください。宇都宮を過ぎ、間もなく福島県に入るという辺りから、車窓は萌え立つ緑一色に変わります。東北は、縄文にまで遡る、森をバックボーンとした文化が色濃く残る地であることを、視覚的に実感できるのではないかと思います。
あるいは、沖縄の御嶽(うたき)は、森の真ん中にぽっかりと空いた空間であることが多いようです。沖縄の森は、東北の森とはまた違って、ある種の饒舌さを感じさせます。光をたらふく食べている感じ、とでも表現しましょうか。
福島、沖縄、東京で撮影した写真を展示した個展「Life is beautiful−光の森−」は、振り返って考えると、そのような「コンセプト」から出来上がった作品集だったように思われます。それは、古代から現代まで連綿と受け継がれてきた、日本人が森に対して抱く親しみと神性、といった程度の意味です。頭上から降り注ぐ光を強調した縦位置構図は、束の間の「カミの訪い」を暗示するための舞台装置として、意図して撮影したものでしたから、このコンセプトには、意識的な部分と、そうでない部分(作者自身、後になってから見出す無意識的な部分)の両方が含まれています。
元来「写真を撮る」という行為には、そうしたシャーマニズム的要素が含まれているのだと、僕は思います。特に、日本人的心性における写真には。
多くの人たちが日々、日常のさまざまな場面に被写体を見つけて、個人的な楽しみのために写真に収めていますが、そうした姿はまるで、自分だけの小さなカミサマを街角に発見し、微かな祈りを捧げるかのようです(あるいは、近ごろ僕は思うのですが、プロアマ問わず被災地に大勢訪れたカメラマンのうち何割かは、シャッターを一つ切るたびに念仏をひとつ唱えるような心持ちを何処かで感じていたのではないか、あれは一種の鎮魂であり、無意識が背中を押して旅立たせた巡礼だったのではないか、と)。
近代欧米的(美術史的)な写真とは、明らかに位相を異にします。

「陰陽五行」という考え方があります。また「地水火風」という概念も存在します。それらが正しいかどうかは、ひとまず措くとして。
初めての個展となった「Beyond」は「水」の作品でした。水をモチーフにした写真が多く含まれ、全体にそうしたイメージを抱いた観客の方も多かったようです。
水は森から生まれます(あるいは、森は水から生まれます)。水の源を辿れば、「木」の集まりである森、そして岩へと行き着きます。日本人が古来、カミサマの立ち寄るところとして崇めたのは、多くの場合、森であり、岩でした。
森を踊らせ、岩を鳴らすのは「風」です。「風渡ル組曲」は、日常の外にある世界から響いてくる音にならない音を写真に置き換えるのが狙いの作品展でした。
「火」はまだ、撮っていません。しかし、最近、人を撮りたいと感じて撮るようになりましたが、火とは人のことでもありますから、既にもう撮り始めているとも言えます。
というわけで、いま歩いているこの道は、岩(すなわち「地」であり「土」)に通じているのでしょうか。一体それは、この先どのような形で、写真に撮られるものとして僕の前に姿を現すのでしょう?
・・・退屈凌ぎの言葉遊び、ですが。
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by on-dori | 2013-05-17 21:26 | E-M5 + M.ZD17mm f1.8

銀座にまた一つ

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話は続きます。
町田から東銀座へと向かい、地上に出て新しい歌舞伎座の建物をチラリと眺めた後、今週火曜日にオープンしたばかりのギャラリーへ。

Art Gallery M84(アートギャラリーエムハッシー)

写真は、オーナーの橋本正則さんです。
銀座リコーフォトギャラリーRING CUBEの前館長。
ハシモトマサノリさんのギャラリーだから、「エムハッシー」なのです!

5月27日(月)まで丹地保堯写真画展「日本の心」を開催中です。ちょうど在廊されていて、ご紹介いただき、作品を拝見するだけでなく、色々なお話とアドバイスを伺うことができました。ありがとうございました。

銀座で寄りたい場所がまた一つ、増えました。


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この後、八丁堀の日本写真学院へ。
2月の僕の個展のときに、こちらの生徒さんが何人も見に来てくださいました。
学院内のギャラリー「ブライト・フォト・サロン」にて開催中のグループ展「CRAWL」を拝見。
皆さん、ますます頑張って、そして、楽しんでくださいね。
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by on-dori | 2013-05-16 22:52 | E-M5 + M.ZD17mm f1.8

彩りの時間

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大原明海さんです。
西新宿のエプソンイメージングギャラリーエプサイトにて、今日まで、個展を開催されていました。
福島県の裏磐梯・五色沼の風景をモチーフにした、美しくスタイリッシュな作品です。写真の中で絡みあった枝や葉、彩りを映す水面が、穏やかでありながら、緊密な画面と空間を形作っています。
プリントや額装にも徹底的にこだわっていて、今回の写真展にかける大原さんの強い想いを感じました。いい「気」が流れていたと思います。

大原明海写真展「Out of blue comes green」


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昨日はこの後、小田急線で町田まで行き、町田市立国際版画美術館にて「空想の建築−ピラネージから野又穫へ−」展を見て来ました(渋谷Bunkamuraで開催中のアントニオ・ロペス展も気になっていたのですが、秋に岩手県立美術館に巡回するとのことで、そちらを狙います)。
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by on-dori | 2013-05-16 22:28 | E-M5 + M.ZD17mm f1.8

まるで7月みたいだった。

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今日は休暇を取って、東京に行って来ました。
見たい写真展や美術展があったので。
上着を着て行ったのですが、暑くて、半袖でも大丈夫なほどでした。
福島に帰って来たら、肌寒い。
移動時間中に、村上春樹の新作長編を読み終えました。
今日のことは、明日以降、アップして行きたいと思います。
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by on-dori | 2013-05-15 22:01 | E-M5 + M.ZD17mm f1.8