ひかりとかぜのとおりみち

カテゴリ:DP2 Merrill( 227 )

光る時間

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朝、大井町駅前の高層ホテルで目を覚ますと、羽田沖から上る朝日が真正面に見えた。

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by on-dori | 2014-02-03 20:58 | DP2 Merrill

増山たづ子写真展「すべて写真になる日まで」

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増山たづ子写真展「すべて写真になる日まで」(IZU PHOTO MUSEUM)を見に行った。

ダム建設のために湖底に沈む故郷、岐阜県徳山村の姿を記録に残そうと、愛用のピッカリコニカで10万枚の写真を撮り続けたお婆ちゃん、増山たづ子さん。
マスメディアに取り上げられる機会も少なくなかったから、ご存じの方も多いかもしれない。
増山さんは既に他界し、全村移住が終わって廃村になった徳山村はダムの底に眠っているが、彼女の写真が、在りし日の穏やかで、同時に悲しみに満ちた村の息吹を伝えてくれる。


* * *


IZU PHOTO MUSEUMは富士山の麓、東海道線三島駅からバスで30分弱の高台にある。
なぜ福島からわざわざ訪れたかと言えば、僕にとって徳山村が「父祖の地」だから、だ。その地の記録と記憶に、いま一度しっかり触れ直したいと思った。
父方の祖父母が村の生まれだ。ということは恐らく、その父母も、そのまた父母も、遡っても遡っても先祖たちの多くが同じ村の生まれ育ちだったに違いない。徳山村は揖斐川最上流の、山の向こうはもう福井県という、奥の奥に位置する静かな村である。そうした村によくありがちな「平家の落人伝説」も聞かれるが、実際には縄文時代、石器時代の昔から人の暮らしていた痕跡が見つかっている。
僕の家は祖父の代に東京に出て来て、その後戻ることはなかったから、実際の生活の面では縁遠くなって久しい。父は戦時中、疎開で何年間か暮らしたらしいが、そのときのことは尋ねても数えるほどしか話してくれなかった。いろいろと大変な思いをしたようだ。父は、徳山村のことも、戦争が終わって東京に戻ってきてからのことも、ほとんど話そうとしなかった。いつだったか、家族で「沖縄旅行に行きたい」という話が出たときも、ただ「俺は行きたくない」と言うばかりで、最後まで首を縦に振らなかった。いま思えば戦争を思い出させることに触れたくなかったのだろう。父が亡くなり、送る席で叔父たちから「疎開の最中、冬になると木の板でスキーを作ってもらって遊んだものだ」という思い出話を聞いた。父は物を作るのが得意な人だった。

増山たづ子さんは、ご主人が太平洋戦争で行方不明になり、弟も失い、戦後は村内で民宿を経営しながら暮らしていたとのことだ。写真を撮り始める前から、テープレコーダーを使って村の音の記録を作っていたというから、村への愛着と、何らかの形で記録に残したいという思いが人一倍強かったに違いない。写真と出会ってのちは、ひたすらに、本当にひたすらに、シャッターを切り続けた。写真展の会場には、残された膨大な数のアルバムが展示されているので、その気力と行動力の物凄さがわかる。
「国が一度やろうと思ったことは、戦争もダムも必ずやる」という述懐は切ない。そして、そうである以上、いくら反対してももう無駄だから村のすべてを写真に残そう、そう決めたらそれまでとは別な気力が湧き上がってきた、そんな彼女の言葉が強く胸に残った。キャプションとして写真に添えられた増山さんの小さな小さな呟きは、何もかも(目に見えるものだけでなく、目には見えず耳には聞こえないものまで)を見透かすはるかな深度を湛えている。山奥の川べりに立つ木一本、咲き誇る花一輪が、彼女にあらゆることを教えてくれたのだと、思う。

生前、父が話していたが、広い徳山村には集落が幾つもあり、増山さんの暮らした集落と、祖父母の生まれ育った集落とでは、習俗はまったく同じではないし、人の行き来も必ずしも頻繁ではなかったそうだ。これは徳山村に限らず、各地の山村部で同様に見られる現象だろう。また、現在の僕の視点から見るとき、たとえ父祖の地と言ったところで、写真で接する景色や人々の生き様からは最早遠く隔たっていて、かつて日本のどこかに存在した一山村の記録として受け止める以上には、感情移入は難しい。20年くらい前のことになるが、一度だけ、僕一人で村を訪れたことがある。そのときは離村が完了したあとで、大きな体育館の残骸を除いては建物もなく、明るい日差しの下でススキの穂が揺れ、透き通った緑色の川が真昼の輝きを放ちながら流れていた。河原ではバーベキューを楽しむ家族連れを何組も見かけた。
それでも今回、展示された沢山の写真を見てゆく中で、ふと、父にそっくりな風貌と佇まいの人物が写っている一枚に出会った。いや、父に、と言うより、自分自身にひどく似通っていると感じた。見た瞬間に、そうだと思った。血が、そこにあった。
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by on-dori | 2014-02-02 14:47 | DP2 Merrill

スパークリング!

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こんばんは。
ふくしまデスティネーションキャンペーン「非公式」フォトグラファーの江口です^^
福島県内で出会った美味しいもの、面白いことを勝手連的・散発的に紹介しています。

今日ご紹介するのは、二本松市東和(とうわ)地区の「ふくしま農家の夢ワイン株式会社」が醸すシードルです。
東和地区でつくられる新鮮な野菜は、近隣のスーパーマーケットでも特設コーナーが設けられる「ブランド」なんです。
原発事故後は苦しい局面も多かったと想像しますが、縮こまることなく、事故前から取り組み始めていた葡萄の栽培とワイン醸造を実現。葡萄ワインの本格的な販売はもう少し先のようで、まずは地元産のりんごを使ったシードルです。

こうして紹介しておきながら、実は僕もまだ呑んだことないんですよ。
カロス・ギャラリー(仙台市)で明日から開催の写真展「Sha-gaku vol.7」。そのオープニング・パーティーに持ち込んで、皆でワイワイ味見したいと思っています。
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by on-dori | 2014-01-17 20:51 | DP2 Merrill

白は好みですか?

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こんばんは。
ふくしまデスティネーションキャンペーン「非公式」フォトグラファーの江口です^^
今日は福島県産の葡萄から醸される白ワイン「シャトー・メルシャン 新鶴シャルドネ」をご紹介します。

このワインの葡萄の産地「新鶴(にいつる)地区」は、会津盆地の西端に位置しています。かつては新鶴村と言いましたが、平成17年に近隣の町村が合併し、現在では会津美里(あいづみさと)町に属します。
メルシャンのWebサイトはコチラ。
http://www.chateaumercian.com/wine/chardonnay/niitsuru_2012.htm
ちょっと長いですが、一部引用しますね。

「秋雨の量が多いため、それまで健全に育ってきたブドウが一気に病害に襲われるなど、なかなか安定して質の良いブドウが収穫できないのが長年の問題でした。この問題の解決がされないことには新鶴地区でのシャルドネ栽培は断念をしなければいけないという危機を感じていた時期に、栽培農家自ら秋雨の被害を抑えるために独自の雨除け設備を設置したところ、同年に雨除け施設を設置した畑から収穫されたブドウは糖度20度を超え、素晴らしいワインへと結実しました。以来、雨よけ施設はすべての畑へとひろがり、質の高いブドウを産み出し続けています。」

だいぶ前になりますが、仙台市内の百貨店で、たまたま日本産ワインの試飲会に出くわしたことがあります。メルシャンのブースがあって、軽く一杯頂戴しました。係の方から、
「お好きなワインの銘柄はありますか?」
と訊かれ、僕は一度だけ新鶴ワインを飲んだことがあったので、そのことを伝えました。すると、こんな返事が帰って来ました。
「地元産ワインを好きだという方は多いんですけれどネ・・・」
僕の印象では「地元贔屓はわかるけれど、ワインとしての実力はまだまだ山梨や長野のものには敵いませんよ・・・」と暗におっしゃっているように聞こえました。そして、当時はきっとそのとおりだったのでしょう。
しかし、上記のように、栽培農家の方々がものすごく頑張ったんですね。
その後「新鶴シャルドネ」は多くの国際的な賞を受賞したり、一時はANAの国際線ファーストクラスのワインに選ばれたりと、活躍を続けています。

僕はワインの味には詳しくないので、ここから先は参考程度に読んでください。
とてもしっかりした味わいのワインだと思います。柑橘系の酸味に、樽の香りが結構します。開栓直後よりも、数日間置いてからの方がご機嫌なような気がします。
セカンドラインとして「日本の地ワイン」シリーズからも同じ銘柄が出ています。ちょっと甘めで、値段も抑えめなので、こっちの方が取っ付きやすいかもしれません。
http://www.chateaumercian.com/wine/japaneselocal/niitsuru_chardonnay.html
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by on-dori | 2014-01-16 20:07 | DP2 Merrill

萎れかけのチューリップ

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by on-dori | 2014-01-13 11:18 | DP2 Merrill

謹賀新年

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旧年中は多くの皆さまにお世話になりました。ありがとうございました。
2014年がよい年になりますよう。よろしくお願いいたします。

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by on-dori | 2014-01-01 11:32 | DP2 Merrill

寒い寒い一日

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みぞれ混じりの雨が降る、寒い寒い一日。
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by on-dori | 2013-12-22 16:46 | DP2 Merrill

認識と揺らぎ

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今年もさまざまな形で写真の展示を行いました。来年も続きます。
いま、自分が写真を通して何を現そうとしているかを考えてみると、それは「認識することへの問いかけ」なのだと思っています。ちょっと小難しい言い方になってしまいましたが。

「音のない言葉」は「なぞなぞ」の集合体です。
見た人は「一体何を撮ったのだろう?」と考え、来場者同士で語り合い、作者やギャラリストに質問し、最後に「自分にはこう見える」という答えを出します。ある意味ではロールシャッハ・テストのような写真展だとも言えます。実際、銀座での展示では、来場者の方々と会話を交わす中で、その方の持つ写真観やものの見方が明瞭に伝わってきた感触がありました。
もちろん、敢えて喋り言葉や書き言葉にしなくても構わないのです。作者としては、見た人の心の中に浮かんだ言葉にならない感情や感覚を、そっくりそのまま受け止めてもらうのが一番だと思っています。それこそが「音のない言葉」というタイトルが持つ真の意味なのですから。
二度目となる「音のない言葉」展は、来年2月後半、福島市内の「珈琲楓舎」にて開催予定です。

「そのときの光」は、僕にとってエポックとなった作品展でした。
展示した写真は、自分でも驚くくらい普通の写真ばかりでした。一枚の写真として見たときにインパクトの強いものが見当たらず、DMにどの写真を使ったらよいか最後まで迷ったほどです。
ですが、会場全体を一つの作品として捉えたときに、極めて強い求心力と輝きを発してくれました。
一つには、容れ物であり被写体となった木造校舎の力が大きかった。
さらに「撮影した写真のプリントを、撮影したその場に展示する」という、どこか人を喰ったようなコンセプトが、事前に想定していた以上に「写真を撮る/見る」ことの本質を浮き立たせてくれたように思います。
特に興味深く感じたのは、来場者の皆さんが、僕が作品を撮影したその場で、撮影された写真が展示してあるその光景を、自分のカメラで写真に収める行為をしているのを見たとき、です。何やら回りくどい表現になってしまいましたが、この合わせ鏡が作り出す入れ子のような情景に、作者は軽い目眩を覚えました。
「そのときの光」展が何を表現しようとしていたかは(以前にもご紹介しましたが)Mark Yuさんがブログで的確にまとめてくださっていますので、是非ご一読ください。
http://blog.taipeimonochrome.com/archives/1836

さて、来年1月から始まる公募企画展「Sha-gaku vol.7」です。
出展作品である「a picture」は、スーパーリアリズム絵画を意識して制作した一枚です。
会場でプリントを見る方の多くは、恐らく「絵みたいな写真だ」と感じるのではないかと思います(今回に限らず、僕の写真は「絵のようだ」と評されることが多いのですが)。
でも、スーパーリアリズム絵画って「まるで写真みたいだ」という感想を漏らす人が多くないですか?
つまり、今回の作品は「『写真みたいな絵』みたいな写真」なのです。それって意味を縮めてしまうと「写真みたいな写真」ということになりますね。
あれれ、最初は「絵みたいな写真」だと感じていたはずなのに・・・。
この写真(?)の前では、「絵とは」「写真とは」という意味と視点とが裏返り、揺らいでいます。いや、本当は、世界のどこにあっても意味と視点は裏返り、揺らぎ続けているのですが。
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by on-dori | 2013-12-20 22:51 | DP2 Merrill

井戸

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この前、東京・青山の根津美術館に行って来た。
庭が綺麗だった。随分と広くて凝ったお庭で、夕暮れ近くになってから行ったものだから、迷路のような細い道をあちこち歩き回っているうちに、すっかり身体が冷えてしまった。
その後、開催中だった井戸茶碗の展示会を見た。確か高校生のときだったと思うけれど、国語の教科書に小林秀雄の「真贋」という文章が載っていて、そこに書かれていた「喜左衛門井戸」の挿話が妙に頭にこびりついて離れず、結局、20年以上経ってから実物を見に行ったのだ。

率直な感想を書くと、井戸茶碗の世界は僕には難しくて、とても手に負えないと思った。国宝・重要文化財を含め70点もの井戸茶碗が並んだ展示は壮観だったし、凄いものを見たという気がするにはするのだが、どこが凄いのか、上手く言葉にできない。それでも、
「これはなかなかよいなあ」
と思いながら眺めていると、隣に並んだカップルが同じものを指さして
「これ、いいよ」
と言ったりするのだから、どこかに必ず「良さ」の共通項のようなものはあるのだと思う。
「井戸茶碗は難しかった」という話を、福島に帰ってから「風花画廊」の主で陶芸家の後藤五木さんに伝えたところ、
「実際に使ってみたら、また違った感覚があるかもしれませんよ」
との返答をもらった。
なるほど、それはそうだ、と合点する。小林秀雄も、美の日常性を奪回したければ「美と実際に交際してみる喜怒哀楽によるほかはない」と書いているではないか。
とは言え、僕がこの先、青山で目にした井戸茶碗の一つでも実際に手に取って茶を点てたり、あるいはまかり間違って所有したりなどという事態は微塵も考えつかない。ただ、こうして美術館に並べられ、千数百円を支払った観客の前でミイラのように展示される数世紀前には、確実に人の温かな手で、実用の道具として使われていたのだということを(かろうじて、かもしれないが)、しばし想像する。

お目当ての「喜左衛門井戸」はガラスケースの真ん中に鎮座して、四方から鑑賞できる状態で展示されていた。
困ったことに他のどの井戸茶碗よりも見窄らしく見えた。周囲の人たちも皆、どことなく困惑した表情を浮かべている。
「これが本当に国宝なの?」
と言いたげにすら見える。
「喜左衛門井戸」は、全体に歪んだ、アンバランスな形をしていて、肌も荒い。粗雑、という印象さえ覚えた。
俺の感覚が鈍いのか、と思ってもう一度、睨むように見入る。茶碗は素っ気ない表情で澄ましている。世の中のあらゆる出来事に無関心な人のようでもある。
コイツ、叩き割ってやったらどうか、と思う。すると、過去、どれだけの数の人が同じことを考えただろうか、という思いが浮かんできて、おかしくなる。茶碗は在らぬ方角を見ている。そんな存在感がある。
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by on-dori | 2013-12-16 22:04 | DP2 Merrill

冬の午後

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福島市内も、雪。

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今日は「珈琲楓舎からのおくりもの」展に行って来ました。
お菓子や珈琲、それにアート。
「珈琲楓舎」セレクトの品々が賑やかに取り揃えられています。
23日(月・祝)まで開催中(会期中無休)です。

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知り合いの方や、初めてお会いして知り合いになった方と、
楽しくお話させていただきました。
来年2月下旬の個展の件も打ち合わせ。
外は冷え込んでいますが、人の心はホットです。

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by on-dori | 2013-12-15 16:20 | DP2 Merrill