ひかりとかぜのとおりみち

言葉のあとさき

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昨日、新聞を読んでいたら、解剖学者の養老孟司さんがこんな趣旨のことを書いていました。
「『あ』という文字は『ア』と発音することになっていて『イ』とは読まない。文字は自然に存在するものではなく、人が作った形であって、それを『読む』のはつまり『音に変える』ことだ。そしてそれは(人間と動物を区別するという意味で)ずいぶん特別なことなのだ」
うん。そうですよね。特別だし、とてもとても不思議なことでもありますね。
「あ」という文字があって、その形を「ア」と発音する。当たり前と言えば余りに当たり前過ぎる約束事ですが、ではなぜそういう約束になっているか、本当の理由を説明できる人は、この世界に誰一人いないでしょう。そして、これから先、どんなに研究が進み、科学が発達しても、答えは得られないと思う。言葉がどこから生まれてきたか、その答えは、人間を人間たらしめる究極の根幹でありながら、同時に永遠の謎です。
「文字を『読む』のはつまり『音に変える』こと」とは、言葉とは音だ、という意味です。たとえ口から音を出さなくても、文字を読むとき、心の中では常に「無音の音」が鳴っています。だからこそ我々には「文字を読む」という行為が可能なのです。
来週から福島市の「珈琲楓舎」で開催する写真展のタイトルは「音のない言葉」です。音が無ければ文字を読むことはできません。でも、それでよいのです。今回、会場には、キャプションやステートメントの類は一切置かないつもりです。イメージをご覧になって、それをそのままに楽しんでください。そして、もしそこから何か言葉が浮かんで来るとしたら、それはきっととても大切な言葉ではないかという気がするのです。
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by on-dori | 2014-02-05 21:56 | DP2 Merrill