ひかりとかぜのとおりみち

「ナントカナル」の精神と場の力

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齢四十を過ぎて「経験は大事だ」とシミジミ思うのです。
もちろん「経験がすべて」とは思いません。経験がそのままの形で何かの役立つこともまずありません。ただ、自分の人生に向き合うときの心構えの問題として、真っ暗な行く手を照らす懐中電灯のような役割を果たしてくれることは確かです。頼みの電池がどれほど残っているかは定かでありませんが、無いよりははるかにマシです。

7月に銀座のArt Gallery M84で個展「音のない言葉」を開催したとき、設営の段階で、事前に練っていたプランがまったく効果を発揮しない事態に直面し、途方に暮れたことがあります(この話、以前にも書きましたね)。
写真展というのは、一枚一枚の作品が個を主張するのみならず、お互いがお互いを引き立てあって、全体として足し算よりもさらに大きな掛け算の効果を実現できれば、成功と呼べるのではないかと思います。けれども、銀座の個展のときは、いざ会場で設営作業を始めてみると、おやまあ、足し算というより引き算、あるいは割り算のような事態に陥ってしまった。
自分の見込みが甘かった、と言えばそのとおりなのです。既に今年2度目の個展で、ギャラリーでの展示にもすっかり馴れてきた頃で、展示する写真のイメージの強度にも自信があったものですから、構成の部分に落とし穴があることに気がつかなかった。いや、はっきりしない不安のようなものはあったのですが、現地に行って、その不安が現実のものになるまで、見て見ぬふりをしていました。

その場をどうやって切り抜けたかと言えば、一つには、目の前の状況を綺麗さっぱり忘れて深呼吸し、構成を一から見直したこと。二つには、再構成に当たって、僕にとって最初の個展である「Beyond」とそれ以降の展示を(制作過程や作業工程を)思い返して、どこに全体像を決めるポイントがあったかを自分の中で急ぎおさらいしたこと。そして三つには、その場にいらした方々の的確な感想とアドバイス、です(今だから書きますが、とても素敵な女神さまが一人、いらしたんですね。彼女は「音のない言葉」展における幸運の女神さまです)。

今回の西会津国際芸術村での展示は、今までに経験したことのない大掛かりな、また、スタイルも異なるものとなり、開催の一週間くらい前からはそれこそ胃がキリキリと痛みました。が、それでも不安に負けてしまわずに開幕を迎えられたのは、これまでの経験がもたらしてくれた「ナントカナル」の精神と、多くの先人に愛され受け継がれてきた木造校舎の場の力のお陰だと思います。
展示とその構成においては、綿密なプランを準備することも大事ですが、それ以上に、場が持つ気配、特徴、方向性、どこまで包容力があるかといった点を丁寧に見極めることこそ肝要ではないかと思います。
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by on-dori | 2013-11-22 21:47 | DP2 Merrill