ひかりとかぜのとおりみち

心にあるもの

a0049639_21404572.jpg

最近はお坊さんの著作が一種のブームのような状況にありますが、その中で、四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所栄福寺住職である白川密成さんの書く本は、言葉遣いは易しく優しく、とても丁寧に親切に書かれているのみならず、仏教の本質を真っ直ぐに伝えてくれる、貴重な存在だと思います。まだ三十代の若さなのに、偉いなあと思います。
処女作「ボクは坊さん。」(ミシマ社/2010年)がとても面白かった。さらに、一年ほど前に新作が出ました。「空海さんに聞いてみよう。」(徳間書店)です。
弘法大師の言葉を現代語に訳しながら、今を生きる我々にヒントを授けてくれます。
ずーっと読み進めて行って、最後に、こういう言葉が載っていました。引用させてもらいますね。

     * * *

遮那(しゃな)は中央に坐す
遮那は阿誰(たれ)の号(な)ぞ
本(もと)是(こ)れ 我が心王(しんのう)なり
 弘法大師 空海『遍照発揮性霊集(へんじょうほっきしょうりょうしゅう)』巻第一

遮那(大日如来)は中央におられます
遮那とは誰のよび名か
本来われわれの心のこと

(前略)・・・
「仏様」と言うと、何か自分とは遠い所にある、超越的な存在を思い浮かべる方も多いでしょう。しかしここで空海さんは、端的に「それは、私たちの心にあるものだ」と言われています。虚をつかれたように、驚いたり納得する言葉ですが、「仏教そのもの」とも感じます。
書き下し文の「心王」という言葉を少し詳しく述べると、仏教語で"心の本体、主体"という意味があります。
(後略)・・・

     * * *

牽強付会を承知のうえで書いてしまえば、「写真を撮る」という行為にも、似た側面があると思います。
なぜなら、写真によって表現したいものは、常に「私たちの心にあるもの」なのですから。
どんな遠いところまで旅しても、どんな珍しい被写体に出会ったとしても、それを撮って、見せるのは、その人の眼であり、心なのです。
[PR]
by on-dori | 2013-03-30 22:18 | DP2 Merrill