ひかりとかぜのとおりみち

そんなふうにも言える。

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年明け、手持ちの機材を大幅に整理しました。
今現在、あるいはこれから先、使用頻度が低いと思われるものを集めて、下取りに出したのです。
古いカメラを元箱に詰めていると、そのカメラを使って撮影した写真や、その頃の気持ち、出来事が思い浮かびます。
だから、思い出の品として仕舞っておいてもよいのですが・・・使わないカメラをいつまでも取って置くのはなあ(特にデジカメは)。
僕にとって、カメラは写真を撮るための「生きた」道具なので、役目を果たし終えたカメラは、サヨナラする以外ないのです(使う側の力量不足や相性の悪さで、持てる能力を十分に活用してやれなかった機材もあります。ゴメンよ)。

カメラというのは、光と影を記録し、写真という結晶に人の記憶を紡ぎ、この世に残していくための仮の形代です。
人間も同じです。
人の意志や思い(それを魂と呼び替えてもよいか)を載せて、生から死への狭間を運んでくれる容れ物が身体なのであり、その魂が何を考え、何を為し、何を(ほかの誰かの記憶に)残したかが、まさしくその人であるとは言えないでしょうか。
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by on-dori | 2013-01-04 22:28 | DP2 Merrill