ひかりとかぜのとおりみち

何を見ても写真を思い出す

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福島県立美術館で『いのちの煌めき/田渕俊夫展』を見てきました。

現代において日本画を描くという行為に真摯に向き合った、見応えのある展覧会でした。
壮年期の作品には、構図の作り方や陰影の付け方に、写真を感じさせるものが多くありました。それが意識的なのか、そうでないのかはわかりませんが、僕の予想では、敢えて意識的にそのような作品を描いたのではないかと想像します。ほかにも、グラフィックアートと呼んで差し支えない作品が展示されていました。

一般的に言って、写真と日本画は相性がよいです。
中でも、花鳥風月を表現することに関しては、その精神において、日本の風景写真は日本画の正当な後継者と言ってよいのではないかと、僕は常々思っています。
また、我々は日々の暮らしにおいて、極めて大量の写真に接しています。その結果、写真の感覚を用いて視覚イメージを処理するということが、表現者に限らず、ほとんどの現代人に無意識のレベルで浸透しているのではないかとも考えます。だからこそ、多くのアート分野のクリエーターたちが写真へと接近し、写真を利用しようとするのですが、一方では、そのようにして写真という表現形式が社会に余りに広く薄く存在している故に、自立した形でアートたり得ることが極めて難しい環境に置かれているのだとも言えます。

そうした状況を踏まえて、写真によるアート表現を志す者が、旧来の「写真らしい写真」へと回帰する道を選ぶか、それとも、一度作られ流布された様式美を自らの感性に照らして作り替える方向に向かうか、その選択に写真のこれからが掛かっているように思うのですが、どうでしょうか(やや唐突な結論であり、問い掛けですけれどね)。
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by on-dori | 2012-10-20 18:04 | DP2 Merrill