ひかりとかぜのとおりみち

断章

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「写真と聖性」というテーマで文章を一つでっち上げようと思ったのだけれど、考えるに従って、これは余りに自明のことだと思われたので、やっぱり書くのを止めよう。
要は、写真家というのは、自分が「聖性」を感じた被写体を撮るということ。
場所でも、人でも、モノでも、写真家が表現の対象として選んだ被写体は、必ずそう。
「宗教性」と言い換えてもよいけれど、「宗教」という単語が極めて誤解を生みやすい言葉になってしまったので、使いづらい。宗教とは、本当は教祖や教義や教団のことではなくて、「その人の内面において霊性や聖性、超越性を帯びて機能する何ものか」のことなんだけどね。もちろん、これもまた自明のこと。
「聖性」が自然的(古代的、前歴史的)に現れる写真もあれば、人間が(本来はどこにも在りはしない)仏像や神像(に表象されるあらゆるもの)を作ってしまうように(作らずにはいられないように)、捏造的(意識的、歴史的)な写真もある。どちらも写真だ(し、大抵の場合、両方が入り混じっている)。
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by on-dori | 2012-10-10 21:46 | DP2 Merrill